大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)331号 判決

上告人

榎村陽太郎

外三名

右四名訴訟代理人

南逸郎

外二名

被上告人

三由文子

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人南逸郎、同石田一則、同藤巻一雄の上告理由について

原審が適法に確定した事実及び本件記録によれば、(一)昭和二三年六月ごろ、上告人らの先代訴外亡榎村滝三の所有する本件各土地について自作農創特別措置法による買収処分がされ、かつ昭和二四年七月ごろ、被上告人らの先代訴外亡三由寅吉に対する売渡処分がおこなわれたところ、右榎村滝三の死後その相続人の一人である上告人榎村陽太郎は、右売渡処分後の昭和三二年五月に、右三由寅吉との間で、右上告人が本件各土地を買い受ける旨の売買契約が成立したとして、右三由寅吉の死後、その子である被上告人三由文子、同桝原悦子及び妻である訴外亡三由定子に対し、右各土地について右上告人のため、農地法所定の許可申請手続及び許可を条件とする所有権移転登記手続等を求める訴(以下、前訴という。)を提起し、その請求棄却の判決が最高裁裁判所昭和四〇年(オ)第七九一号同四一年一二月二日第二小法廷の上告棄却の判決の言渡により確定したこと、(二)ところが、翌昭和四二年四月に右榎村滝三の共同相続人である上告人らが本訴を提起し、前記買収処分の無効等を理由として、右三由寅吉及び右訴訟係属中に死亡した三由定子の相続人である被上告人三由文子、同桝原悦子並びに右訴訟係属中に右被上告人らから本件第三土地の売渡をうけた被告人丸楽紙業株式会社のためにされた本件各土地についての各所有権移転登記手続等を請求していること、(三)ところで、上告人榎村陽太郎は、前訴においても前記買収処分が無効であることを主張し、買収処分が無効であるため本件各土地は当然その返還を求めうべきものであるが、これを実現する方法として、土地返還約束を内容とする、実質は和解契約の性質をもつ前記売買契約を締結し、これに基づき前訴を提起したものである旨を一貫して陳述していたこと、(四)右上告人は、本訴における主張を前訴で請求原因として主張するにつきなんら支障はなかつたことが、明らかである。右事実関係のもとにおいては、前訴と本訴は、訴訟物を異にするとはいえ、ひつきよう、右榎村滝三の相続人が、右三由寅吉の相続人及び右相続人から譲渡をうけた者に対し、本件各土地の買収処分の無効を前提としてその取戻を目的として提起したものであり、本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすることに支障もなかつたのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本訴提起時にすでに右買収処分後約二〇年も経過しており、右買収処分に基づき本件各土地の売渡をうけた右三由寅吉及びその承継人の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。これと結論を同じくする原審の判断は、結局相当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)

上告代理人南逸郎、同石田一則、同藤巻一雄の上告理由

第一点 法解釈適用の誤り

原判決は「当事者の訴訟技術の選訳につき信義則に基く制約がなければならないとの見地に立つてみると特段の事情がないかぎり、訴訟経済の理念に則り、いやしくも主張し得べき事由はなるべく同一の訴において主張することによつて、相手方に対し二重応訴という不当な迷惑がかからないように配慮することこそ信義則の要請するところであるが、上告人等は前訴と本訴とでは買収、売渡の効力について全く正反対の主張をしているのであり、しかし両訴の主張を検討してみると両訴とも殆んど同一の粉争のむし返しであるかのごとき感さえもあり、かかる場合本訴において主張する無効事由は前訴において気付かぬ筈はなく、また前訴において、その主張をするにつき何らの支障があつたとも認めることはできないばかりか、上告人等は昭和四四年九月三〇日付準備書面第三項において「原告等(上告人等)は前訴において前記売買契約に基き本件土地の返還を求めたものであるが、それは前訴において自創法による買収売渡の有効を自認していたものではない、右売買契約は、あくまでも本来無効な買収売渡処分による無条件の土地返還の過程においてその一方法としてなされたものであること前訴でくり返して主張してきた通りである」と述べているのであるから、本訴は二重応訴という不当な迷惑がかからないようにとの配慮を欠くものであり、信義則に反するというべきであつて許すべきでないと判断する」として本訴を却下している。

即ち原判決は

(イ) 上告人は前訴と本訴とで買収売渡の効力につき正反対の主張をしている。

(ロ) 前訴と本訴との主張を検討すると、両訴は殆んど同一粉争のむし返しである。

(ハ) 上告人は、前訴において本訴で主張している無効事由の存在を気付いていたし、またその主張をする支障はなかつたのに前訴でそれをしなかつた。

の三点を根拠として、本訴は二重応訴の配慮を欠き信義則に反しているという。

しかし、原判決の右判断は法令の解釈と適用を誤つたものである。

二、上告人とて、民事訴訟法の理想に照らし当事者の訴訟技術の選訳につき信義則に基く制約が存することは認めるが、それを余り拡大すると既判力の意味はなくなるから、既判力との関係を考慮すると、信義則の制約による訴訟の制約は、極めて悪質な場合に限定すべきであると考えるべきであるが本件の場合には、そのような悪質な要素は皆無である。しかも原判決の前記(イ)乃至(ハ)の論拠も不正確ないし不充分である。

そこで原判決の前記(イ)乃至(ハ)の論拠を検討する。

(イ) 原判決は前訴と本訴とで買収、売渡処分の効力につき正反対の主張をしているとしている。

即ち、前訴では買収、売渡処分の有効を前提として、売買契約の履行等を求めているのに、本訴では買収、売渡処分が無効であることを前提として農地の返還を求めているという。

しかし前訴が買収、売渡処分が有効であることを前提とした主張であつたとの原判断の判断は誤解であり誤りである。

上告人等は前訴において、買収、売渡処分の有効であることを主張したことは一度もない。

このことは、原判決が上告人等が前訴において買収売渡処分の無効事由の存在を気付いていた証拠として引用している上告人等の昭和四四年九月三〇日付準備書面第三項記載の前記事実によつても明らかであるし前訴の一件記録によつても明白である。

即ち、原判決自身、一方では前訴で上告人等は買収売渡処分の有効を前提としていたといいながら、他方では、前訴で上告人等はその有効を前提とせず無効なものと考えていた点を指摘しているのは、自己矛盾である。従つて上告人等が前訴と本訴において買収売渡処分の効力につき正反対な主張をしているとの判断は誤りである。

(ロ) 原判決は、両訴の主張を検討すると、両訴は殆んど同一粉争のむし返であるという。

しかし両訴において同一なのは土地の返還を求めるという点のみであつて、その原因は全く異つている。

前訴の請求原因は買収売渡処分の有効、無効に関係なく、第一次的には昭和三四年の売買契約であり第二次的には右売買契約が無効な場合における支払代金の不当利得返還請求である。

本訴では第一次的には買収、売渡処分の無効であり、第二次的には昭和二三年六月頃の買収売渡時の無条件返還契約である。

即ち、前訴では昭和三四年頃の売買契約の成否、並その効力が争点であつたのに対し、本訴では昭和二三年当時の買収処分、売渡処分という行政処分の効力と、同二四年六月頃の返還契約の成否と効力である。

そして前訴は普通一般の民事訴訟であるのに反し本訴は形式的には(ワ)号事件であつてもその実質は行政事件訴訟法第四五条にいう争点訴訟であつて行政訴訟である。従つて本訴には同法四五条一項により同法第二三条(行政庁の訴訟参加)同法第三九条(行政庁への出訴の通知)が準用され訴訟手続も異つてくる。

しかも争点も本訴では昭和二三年当時の小作関係の有無、農地性の存否、宅地化の明白性の有無並買収売渡処分当時の事情であるのに反し、前訴は昭和三四年当時の売買契約の存否と効力で、両訴はその争点も請求訴訟の基礎も全く異る。

かように考えると前訴において買収処分、売渡処分の無効を原因とする返還請求を予備的に主張することは訴の基礎に同一性がないとして許されない可能性があるばかりでなく、争点も全く異つてくるし、しかも訴訟の性格も通常の民事事件から実質的な行政事件へと変化して、いたずらに複雑化を招く。

(ハ) しかも訴訟経済を考えても、前訴で買収売渡処分の無効を予備的に主張し、その立証に労力と時間をかけた場合において、若し第一次主張の売買契約の成立が認められ且つそれが有効とされれば全く争点の異る買収売渡処分の無効を予備的に主張し、その立証にかけた双方の労力と時間は全く無駄になり、却つて不経済であるから先づ昭和三四年の売買契約の存否と効力で争い、それが不成功に終つた場合に買収売渡処分の無効で争うことを考えることは、訴訟経済の要請に合しこそすれ、何ら信義則に反するものではない、逆にいうなれば一個の訴訟で主張しうることを全て主張し、その立証活動をすることは、一見訴訟経済に合するようにみえて、却つて不要な一切の主張立証をもすることがあり、かならずしも訴訟経済の要請に合するものでもない。

かような観点から上告人等は前訴において昭和三四年の売買契約の成否と、その効力の点に争点をしぼつたのである。

従つて両訴はその争点、基礎、内容共すべて異り、決して同一粉争の「むし返し」ではない。

三、結論

上告人等は前訴の既判力が本訴に及ばぬ限り、原則として本訴の提起が許されるべきであり唯、本訴が相手方を困らす目的でのみされたことが明らかであるような悪質の場合とか権利濫用の場合にのみ、信義則の制約が働くと解すべきであるのに、何ら悪質な要素もなく、且つ権利濫用の要素もない、正当な権利行使である本件の場合に、信義則の原則に反するとして本訴を却下した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであるから破棄さるべきである。

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